2015.03.22 Sunday 00:41

ものの価値

n050322-2

昔、ベトナムに旅をしたことがあって、
ハノイで大阪の女の子と知り合った。
その子とは2、3日、同じホテルで過ごし、一緒にお土産を買った。
二人とも、ベトナムによくある刺繍のお店で、シーツを買った。
のりがぱりぱりについていて、手刺繍が施されてる、白い綿のシーツ。
一年後くらいに、彼女の家に泊まらせてもらえる機会があって、
そこで、彼女のベッドに寝かせてもらった。
ベッドには、一緒に買った、ベトナム製の白いシーツがかけてあった。
使い込まれ、洗い込まれて、生地そのものまで、見違えるように柔らかく美しく、
綿糸で施された刺繍部分はほどよく毛羽だっていて、
寝そべって、その気持ちよさに、大きなため息がでた。
ほぼ同じものを買ったはずなのに、わたしのシーツは、ほとんど使っておらず、
数回洗濯したものの、ベトナムの頑丈な糊がそれくらいでとれるわけもなく、
いまだごわごわしたままだ。
ああこれ、失敗した買い物だったかも!とわたしは思っていたのだ。
どうせ糊がとれても、粗悪な質の綿だったのかも!なんて思って、放置していたのだ。

適切に手入れして、使い込む、能力ってある。
そうして、引き出されるものの美しさもある。
ものの価値をちゃんと享受できるのも、だめにしてしまうのも、
その人しだい。
雷がかるーく落ちた感じで、情けなさにため息がでた。

その夜は、気持ちよく眠らせてもらった。
その気持ちよさのぶんだけ、深く記憶に残って、今も心に住み着いている。


 
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